パラリンピックはつまらなくて大嫌いです。しかしそれが何か。

こんにちは。へっぽこフリーライターの中村イオラです。

最近まで、リオ五輪の中継を観るのが日課になっていたわけで、それが終わってしまった今、心がもぬけの殻状態になっていて、寂しさが自然と込み上げてきます…。

 

まだパラリンピックがやってるぞ!それでも観とけ!

 

という声も聞こえてきそうなもんだけど、なかなかそうもいかない。

なぜかって??

ぶっちゃけ、俺、パラリンピックが大嫌いなんですもん。

なんか、これ言うと人でなし扱いされ、批判されそうだけど、それが素直な気持ちだから仕方がない。

人でなし扱いされても言論の自由は貫き通すよ、俺は。

じゃあね、なんでパラリンピックが嫌いかと言うとだね、、、

 

「それは、、、一言では言い表せないよ。笑。まあ大きく分けて3つかな。」

 

ちょっと整理してみる。

まず一つ目の理由としては、

「観る競技としてまったく面白いものがない。」

MrsBrown / Pixabay

競技として確立されてないものも多く、見ていて心が惹かれなかったりするんだよね。

障害のレベルも個人差がある。いくら種目を障害の重度に応じて等級別に分類してるからといっても、そのカテゴリーの中でもあまりにも個人差がありすぎだと思うんだ。その個人差とやらで、勝敗が決する時もあるのなら、目の前の真剣勝負を素直に見ることが出来なかったりするわけっす。居た堪れなくなることも多々あったりするので見てられない。
2つ目は運営面。

「パラリンピックと、オリンピックは一緒に開催出来ないのか?」

onacadan / Pixabay

つまり、オリンピックとパラリンピックを分ける必要性があるのか、ということですよ。なんか、差別とは言わないまでも区別してるみたいで俺は嫌なのだ。

例えば、陸上競技であれば、パラ種目を五輪種目の中に組み込んじゃえ無いか、と思うわけですよ。それは水泳やバスケやテニスでも同じです。

障害者もオリンピアンの夢を叶えてあげてもいいのではないか、と思うのはお節介ですかね。

その可能性を模索し検討実施に踏み切る判断が待たれるところだと思うんだがいかがでしょ。

 

3つ目はメディアにおける報道姿勢。

「日頃障害者スポーツなんてシカトしてんのに、なんで急に報道過多になるの?」

Ben_Kerckx / Pixabay

普段、障害者スポーツにはまったくスポットライトを浴びせないのに、パラリンピック開催期間中だけはいいとこ取りで、メディアが急に選手にスポットライトを浴びせてしゃしゃり出てくる。

オリンピック選手には大会前からかなりスポットライトを浴びせて、注目度をあげてるわけだけど、パラリンピックの選手はメダル取ったらなんとか報道するみたいな感じが嫌。それで感動の押し売り報道を仕掛けてくるところがホントいやらしいんだよね。

 

一般人はパラリンピックの種目や選手をろくに知らないぞ?常日頃からパラリンピックについて注目させるような手厚い報道を心掛けて、選手の地位向上を図るように一役買ってくれって。パラリンピックを目指している選手があまりにもかわいそうだってーの。

 

このように感じてしまうのは、オリンピックとパラリンピックの格差が大きすぎることが問題なんだと思う。

であれば、やはりオリンピックとパラリンピックを融合させて、健常者も障害者も関係なく誰もがオリンピックを目指せるようにした方がいいね。

このような理由から、

俺は、「大嫌いなパラリンピックの廃止」をここに提案する。

 

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